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釣瓶落としの夜 1
Wed.15.06.2016 Posted in 恋愛
「近々爺さんの家に行ってくる」

「それって前から言っていた用事でだよね?」

「ああ、ずっと放置していたが、そろそろ整理しなくてはならなくてな」

「いつ行くの? オレも行って良いの?」

「来てくれるのか?」

奴が一緒に来てくれるのは嬉しかったが申し訳なかった。
何せ祖父の家は山と畑に囲まれた田舎で、家の中でも靴を履かなくてはならないという手間の掛かる古い作りで、ほとんど面白みがなかったから。

「来ても退屈だぞ?」とオレは念を押した。
しかし奴は「日本の田園を見てみたい」と言った。田園という言葉に浮かぶようなお洒落な雰囲気もないのだが……。

仕事の後に向かった為、祖父の家に着いたのは19時だった。
相変わらず寂しい所にポツリと建っている家だった。誰も住んでいないので窓から灯りが漏れることもなく、この季節ではまだ虫も鳴いておらず、ただただ静寂と夜の闇に包まれる佇まいだった。昔は祖父に雇われた人が遅くまで仕事をしていたり、農耕車を含めて何台もの車が庭に停まっていたのだが。

「静かだね。畑が凄く広いけど、これ全部お爺さんのだったの?」

「ああ、後ろの山もな。今じゃオレの親父の兄貴連中のものだ」

「お前の分はないの?」

「ない。親父が幾らか残してくれたが放棄した」

「ああ……そういえば言っていたね。お前の話を思い出したら、この豊かな田園の景色が寂しいものに見えてきたよ」
「ははは」

取り敢えずオレは家の中に入って電気を点けることにした。隣家も街灯もない真っ暗な状態では、まるでこれから肝試しでも始めるかのようだったから。

思えば自分の手でこの家の鍵を開けるのは初めてだった。この家を訪れなくなって20年近く。ここに来ていた頃のオレはまだ子供で、鍵を開けるのは決まって両親だった。

玄関を開ければ黒い土の地面が視界に広がった。まずはそこを通って、靴を脱いで固い木の床の廊下に上がって応接間に入る。懐かしい光景だったが、その空間に漂う土と木の匂いにも懐かしさを覚えた。

家の中はほとんど変わっていなかった。
初めてオレがこの家に来たのは1歳に満たぬ時で(幼すぎて記憶にないが)、最後に来たのは15歳だった。正月だったので祖父からお年玉を貰って、祖母にオレンジジュースを出して貰った。

「R君とMちゃん(妹の名)が来るから買っておいたんだよ」

祖母はオレが行く度にそう言ってオレンジジュースを出してくれた。それが15年近くも続いたものだから、オレはこの家に来るとオレンジジュースが飲めるという認識を植え付けられた。果汁20%のガラス瓶のジュースだ。オレと妹だけではとても飲みきれないのにケース買いされていて、その中に数本だけ炭酸のグレープジュースが混ざっていた。

「なんでグレープは少ないの?」

何歳の時だったが、オレは祖母に訊いた。

「炭酸ジュースは身体に良くないから」

と祖母は答えた。
どちらのジュースも大量の砂糖が使われているので身体への悪影響はさほど変わらないと思うが、オレと妹の健康を案じてくれる気持ちが嬉しかった。実は母親が健康よりも西洋かぶれな流行を重視した食事ばかりを作っていたので、そうした事を心配してもらうのは新鮮な感じがして。

オレはそんな事を思い出しながら応接間の隣のキッチンに入った。そこには大きな冷蔵庫と、その横のスペースにはジュースケースがあったのだが、どちらも既に片付けられてなくなっていた。オレが最後にここに来て帰った時にはまだたくさんのジュースが残っていたが、あれはどうなったのだろう?

「オレンジジュースは、流石にもうないな」

「今も売っているジュース?」

「売ってるぞ。明日の帰り道に買うか」

「買う。飲みたい」

「果汁100%じゃないし甘いから、貴方の口に合わないぞ」

「たまにはそういう味も悪くないよ。この家みたいにレトロな味がしそうだ」

「まあ、そうかもな」

オレ達は再び黒土の廊下を歩いて、キッチンを挟んで奥にある祖父の部屋に入った。その部屋の畳は新しいものに取り替えられていた。本もノートも書類もきちんと整えられて机の上や横に並べられていた。

祖母が片付けたのだろう。自分よりも先に逝ってしまった祖父を偲びながら。
オレはふと、ずっと昔に亡き父親から聞かされた祖父と祖母の話を思い出した。そしてそれを奴に話した。とても悲しい話だが嫌いになれない話だと言って。

「最初の夫からの暴力と生活苦が原因で祖母は疲れきってしまい、それで2人の子供を──。だが出所した後でオレの祖父と知り合って、祖父は全てを承知の上で祖母と結婚した」

「辛い人生だったんだね。でもお前の祖父さんと巡り会えたお陰で生まれてきた幸せを感じることが出来たと思うよ」

「そうだな。祖父も愛人の子として生まれて、若い頃は本妻に酷く虐められて、挙句に家を追い出されて散々だったようだ。祖母と知り合う前に結婚していたが、その奥さんは病気で先立ってしまったしな。だから相手の辛さや寂しさが判る人だったのだろうな。オレが子供の頃に亡くなってしまったが、もう少し色々な話をしてみたかった」

「うん。きっとお前にたくさんの事を話してくれただろうね」

祖母は祖父との間に子供を作らなかった。作れなかったのかもしれない。代わりに猫を飼い、我が子のように可愛がった。

祖母は祖父に守られ、日に数時間のパートに出かけ、猫達と心穏やかに過ごしたのだろう。それで満ち足りていたのかもしれない。だがオレと妹をとても可愛がってくれていたことを思えば、15歳の正月を最後に何の連絡もしなくなったのは余りに薄情だったと後悔している。

今なら子供の頃に頂いたジュースのお礼にと、祖母に(祖父にも)ささやかなプレゼントを渡せたのに。これを書いている今になって急に思い出したが、祖母はオレ達が帰る時にいつも小遣いをくれて、車が見えなくなるまで見送ってくれた。その時、父は運転をしながらポツリと零した。「おふくろ、本当は寂しいのだろうな」

不覚だ。祖母が亡くなった知らせを聞いた時も何も感じなかったくせに、今になってとても悲しい。誰かが言っていた。若い頃はたくさんのことに気付けなくてたくさんの見落としをして、取り返しの付かないほど後になってそれに気付いて後悔すると。どうやらそれは本当のようだ。もう何も出来なくなってしまった今になってオレはお二人にお会いしたくて堪らない。

余談だが、オレの母は祖母の飼っていた猫達が産んだ仔猫を引き取り、それから我が家に猫を飼う習慣が根付いた。母はオレが生まれる前に仔猫を引き取ったので、オレが生まれた時には既に数匹の猫が家にいた。

偶然にも奴も似た環境の中で生まれた。オレに安堵を感じて惹かれたのは、その事が大きかったと奴は言っていた。だからもしも祖母が仔猫を飼っていなかったらオレは奴に振られていた可能性が高い。

「もう真っ暗だが外を見てみるか? 庭と裏庭の灯りを付けるから」

「見たい。今夜の風は爽やかで気持ちが良いし」

「良し。地面がデコボコしているところもあるから、足元に気を付けてな」

オレ達は祖父の部屋から通じる扉を潜って外に出た。
庭には奴に見せたいものが2つあった。
一つは、庭の端にあるトイレ。
もう一つは、裏庭にある井戸。
どちらももう埋め立てられて使えなくなっているが、思い出話しをするには十分な形を保っていた。

「子供の頃、このトイレが怖くてな。灯りはこの裸電球一個で、周りは畑と山で真っ暗で」

「お前は怖がりだからね。この小さな窓からお化けが覗いたらどうしようってドキドキしたんでしょ?」

「その通りだ。だがそれだけじゃないぞ。汲み取り式のトイレだから便器から手が出てきたらどうしようと怯えたり、あと夏休みに来た時には巨大な蛾が入ってきて悲鳴を上げながら逃げた事もあった」

「あはは、便器から手はベタなホラーだね。でも、蛾!? そんなに大きな蚊が出るんだ?」

「こういう田舎の山に出る蛾はデカイぞ。トイレの灯りに誘われて寄ってくるんだ」

「なるほど、灯りってここしかないからここに集中するんだね?」

「ああ、羽を広げて20センチはあったな。それが顔を目掛けて飛び掛ってくるんだ!」

「そんなのがいきなり来たら怖いね!」

「驚いたぞ。しかも不気味な色の蛾でな、もうトイレどころじゃなかった」

「OMG! トイレに落ちなくて良かったよ!」

「落ちたら悲劇すぎるぜ……」

次に裏庭に回って井戸を見た。
半端に工事がされたようで足場が悪くなっていたので、奴の手を引きながら慎重に井戸に近付いた。

「ポンプ式の井戸なんだね。てっきり滑車を使って桶で組み上げる井戸かと思っていた」

「桶とも言うが、釣瓶(つるべ)な。オレが赤ん坊の頃はそれだったが、途中で使い易いポンプ式に替えたようだ」

「釣瓶、覚えた。釣瓶ならスイカを冷やせたね」

「そうだな! あれって一度やってみたいんだよな。子供の頃に読んだ怪談にそんな話があって……」

「スイカが生首に替わっても良いの?」

「そりゃ困る。困るが生首に替わるかどうか興味がある」

「釣瓶はスイカを生首に替える装置じゃないんだよ」

もう水は出ない? と奴は言いながらポンプをキコキコと動かした。水は出なかったが、奴はその音を良い音だと言って何度かキコキコと鳴らした。

確かに良い音だった。その軽く軋む音色は懐かしいような悲しいような。
まだ水が出ていた頃、この辺には青い朝顔が咲いていたとオレは奴に話した。真夏の早朝にここに来たら祖父が朝顔に水やりをしていて、朝日を浴びた青い花はキラキラと光っていた。暑い日になる事を予感した。

おかしなもので、もう20年も経て忘れていたことが次々と蘇った。
過去の姿は半ば形を失っているというのに、記憶の中で正確な形や音がどんどん現れてきた。

夜空を見上げれば星々が輝いるのが見えた。都心では見られない鮮明な瞬きだった。

その夜は近くのホテルに滞在する予定だったが、このままこの家に泊まって見たい好奇心に駆られた。もう1年近く放置されていた家なので、きっと風呂も布団も使えなくなっているのだろうが。

2に続く。

本日もお読み下さってありがとうございました。
申し訳ありません、リクエストのエントリーは後日に書かせて頂くことにしました。

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