壁の花
Thu.25.09.2014 Posted in 恋愛
ある薄暗い室内。
そこは甘美に息づくキメラたちを閉じ込めた檻のようだった。

耳と尻尾の付いたキャットスーツに身を包んだ女性と、鼻輪と牛の尻尾を付けた男性。彼女は彼を家畜用の縄鞭で打っていた。

蛇体を思わせる刺青を腕に施した女性と、カエルのマスケラを付けた男性。彼女は彼に真っ赤に焼いた針をチラつかせていた。

お揃いの兎の耳を付けた2人の女性と、孔雀のようなドレスに身を包んだ美女にしか見えない男性。彼女たちはずっと顔を寄せあって楽しそうにおしゃべりをしていた。

紫色に照らされながら空を漂う煙。
カウンターにも床にも並べられたアルコールのボトルとグラス。
そんな室内には快楽と苦痛の、歓喜の声が絶えなかった。

普段のオレなら、そんな場所に居れば水を得た魚のように精気に満ちる。
だがその日は逆で、そこの空気がとても重く感じた。
甘い葉巻の匂いによって頭の重さは増し、背徳のなされている暗がりに生理的な苛立ちを感じた。

「息苦しい」

オレはそう呟いて照明の届かない壁際に退散した。
すぐに奴もやって来た。カラーストーンでキラキラと輝く白猫のマスケラを外して。

「やっぱり具合が悪い?」
「大丈夫だと思ったんだが」
「帰ろうか?」
「……。いや、せっかく貴方は楽しんでいるんだから」
「オレは良いよ。もうたくさん飲んだし、酔っ払ってステージで踊ったし!」
「はは、今が最高潮に楽しいくせに。戻って良いぞ。オレは水でも飲んで、息苦しいのが治ったら戻るから」

オレは奴の手からマスケラを取って再び目元を覆ってやった。
しかし奴はオレの前から立ち去ろうとはせずに、隣に並んで壁の花になるのを付き合ってくれた。

「水を持ってくる?」
「いや、良い」
「遠慮しないで」
「してないぞ」

光の届かない壁際で奴と手を繋いだ。
そこは葉巻の煙が届かなくて、ここで唯一空気が澄んでいる場所であるように思えた。

オレはずっとここを出るタイミングを計っていた。
ただ、奴を置いて帰ることに躊躇していた。
しかし奴も一緒に帰ると言ってくれたので、あとは主催者に挨拶をすれば良いだけだった。

マスター(主催者)の姿はすぐに見付かった。ボックス席に座ってゲスト(参加者)と話をしていた。
近代的なボンテージファッションに身を包んだ参加者の中で、彼女だけは懐古的な和装だった為に目立っていた。

結い上げた黒髪には珊瑚のかんざし。
白と黒の格子柄の着物には鮮やかな真紅の帯。
赤い細紐を柄に巻き付けた和風の一本鞭。

オレはマスターの元に行って、先に失礼する挨拶をしようかと思った。
だが留まってその姿を眺めてしまった。ツンとした横顔で、ロバの耳の付いた全頭マスクを被った男を見下ろしている姿がとても素敵だったから。

「ああいう衣装も良いな」
「着物は大好きだ」
「貴方も着るか?」
「オレじゃ似合わないよ」

そんな話をしながらオレ達はすっかり壁の花になっていた。
オレは壁に凭れ掛かって、奴はオレの様子を伺いながらオレの髪を撫でたりキスをしていた。

そんな折、不意に室内の照明が一段ダウンした。
すると周囲の妖し気なざわめきはますます開放的となり、わざわざ各々の行いを目で確認するまでもなく、彼等がどんな行為に耽っているのか安易に想像できるようになった。

しかし、それでもオレは頭のネジが一本抜けような状態のままだった。
ボンヤリしながら奴に話しかけていた。
徐々に行為をエスカレートさせる奴の手と口に感じさせられながら。

「……そうだ。着物を見て懐かしい気分になる理由が判った」
「過去の日本を思い出すから?」
「いや、母親が日常的に着ていたんだ。タンスの中には何着もの着物があって」
「それは初めて聞いた」
「オレも唐突に思い出した。ずっと忘れていた。だが今は一着も持っていない。何枚かは妹に譲ったと思うが、あとはどこに行ったんだ……」
「おかしいね?」
「音楽を流して部屋で日本舞踊を踊っていた。バレエのレッスンに行く時にも着物を着て」

それから? もっと話して。
奴はそう言いながら舌を動かした。
オレの怒張したものを口の奥深くまで咥え込んで、次第に動きを早めながらオレを満足させようとした。

壁際にいれば紫の煙は来ないと思っていた。
しかし、いつの間にかそのチョコレートにも似た独特の匂いはオレの顔にもまとわり付いていた。さっきよりも興奮したゲスト達が葉巻の量を増やしたからだった。

「煙い」
「ん」
「苦しい。出すぞ」
「ん」

オレは奴の髪を掴んだ。
奴はオレ自身を飲み込むかのように喉を鳴らし、そして絞り尽くすように強く吸い上げた。

奴が口を離した途端にオレは床にしゃがみ込んだ。
奴を抱き締めて「口直しに何か持ってくるぞ?」と言えば、奴は「ジンジャーエール」と言ってオレの唇を舐めた。

誰の目にも触れられていない、煙に巻かれての行為だった。
ジンジャーエールのグラスを2つ持って来た後もオレ達は壁際の床に座っていた。互いに過去の他愛もない話を口にしながら。

「なんていう女優に似ていたんだっけ?」
「MOの若い頃にそっくりだった」
「検索して出てくる?」
「出てくる」
「……出てきた。美人だね!」
「そう言われるのが好きだったみたいだ。容姿を褒められるのが何よりも。だが踊りも上手かったし、お茶と歌も上手かったし、編み物も上手かったし、掃除と料理は駄目だったが、それで十分だったのにな。嘘を吐いたり過激な事をしたりして自分をもっと強く見せようとする必要なんてなかったのに」

パーティの最高潮の盛り上がりは過ぎていた。
次第に冷静を取り戻してゆくざわめきの中、オレは奴に訊かれてもいない事を自ら話していた。

その一部は、母にとっては醜聞と言える内容だった。
だがオレの心には微塵もの増悪はなかった。
それどころか、そんな話をしながらもオレは、母を愚かだと思いながらも可愛らしいとも感じていた。少なからず、だが。

奴は白猫のマスケラを付けてオレの膝に凭れ掛かっていたので、オレは猫を撫でながら独り言を言っている気分だったのかもしれない。
奴は時折うなずくばかりで、ほとんど何も言わなかった。ただ最後にこう言った。「Rのお母さんは怖かったんだよ」と。

「そうだな」とオレは答えた。
奴に疑問を投げかけながらも、本当はオレもそれが判っていたから。

しかし、『じゃあ今はどうなんだろうな?』という疑問を投げかける事は出来なかった。

自分を苦しめた父は数年前に亡くなり、今は平穏に暮らしている筈だが、今の母も決して幸せそうには見えない。
かつての美しかった容姿は見る影もなくなり、もう完治は無理だと医師に言われた精神の患いによって、幻聴や幻覚に振り回されては虚言を言い続けている。

一度深く傷付いてしまった心を治すことは無理なのだろうか。
そればかりか、その時の苦しみに心は永久に縛られて、二度と幸せな気持ちで生きる事が出来なくなるのか。

手術しても治らない病気があるように、心もそれと同じなのかもしれない。
どんなに良い医者に診てもらっても、薬を飲んでも、良い環境に移しても、何も変わらないどころか悪化するばかりで(長年の投薬や老化による脳力の衰えも手伝って)

「貴方は、何か怖いことはないか?」

尽きぬ母に対する不安を飲み込んで、オレは奴にそう質問した。
すると奴は口に笑みを浮かべて言った。「このパーティ会場に入る時に怖いと思ったけど、お前と一緒だから大丈夫」

猫天使。

脳天気にもオレの頭にはそんな言葉が浮かんだ。

それで問題が解決した訳でもないのに、急に救われた気分になるのはどうしてだろう?
奴は漫画に登場するような全ての問題を都合良く解決してくれる天使ではないのに、それでも心の中が明るくなるのはどうしてなのか。

「そうか、良かった」

オレはそう答えて奴の背中を撫でた。
母も父のことなど忘れて、まだ美貌が残っている内に良い男とくっついちまえば良かったのに……と思いながら。

壁の花となって饐えた(腐敗した)匂いを放つ過去に縛られたりせずに、このパーティに集う女達のように、男達は幸せを運んでくる蜜蜂であるかのように振る舞えたなら良かったのに。

もっとも人の目を気にしてばかりで気の弱かった母には、それは無理なことであったのかもしれない。
ドメスティック・バイオレンスなどで離婚しても十分に子供たちを育てて行ける環境を国が整えてくれたら良いのにな。

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という訳で、
10日以上も更新をお休みして申し訳ありませんでした。
それでも待っていて下さった皆様に感謝を申し上げます。

今後も不定期ではありますが、よろしくお付き合い下さい。

皆さんが毎日、良い夢を見られますように。
おやすみ。

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